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おはよう御座います。 本日、1月6日15時30分より、カイカイキキギャラリー @kaikaikikigallery にて、彫刻家 前川秀樹さん @lolocaloharmatan と、仏師 加藤巍山さん @gizankatoh とのライブの対話を、私が司会で行います。入場無料。 展覧会の会期も終わったのに、なんでこのイベントを開催するかと言うと、会期中、前川さんに加藤巍山さんから、会いましょうと言うかダイレクトメッセージが来た、と言う部分から端を発しています。 折角会って話すなら、より広くの人にその内容をお伝えしたいから、配信したいし、配信するので会うなら、そのライブ感を共感したい人にもその場をシェアしたいし、と言う事でのイベント開催です。 加藤巍山さんと言えば、ここ数年仏師の世界観と西欧的な解剖学的に整合性のある筋肉のリアリティを合体させる発明で、一世を風靡している彫刻家、仏師さんです。 高村光雲の発明を仏師の文脈でプッシュしている、と言えば理解してもらえるでしょうか? そんな業界の覇王的な方が、何故?前川さんに連絡をして来たのか?其処は先ずお聞きしたい部分です。 僕が思ったのは、前川さんの無防備な仏像彫刻へのアプローチがなんだか空恐ろしかったのでは無いかと言う部分です。 芸術は時として、滅茶苦茶な人間の野蛮性が1番共感できたりするからでは無いのかなぁ、とか。 僕は結構、前川秀樹さんとのこの10年間の試みに滅茶苦茶入れ込んで来ました。 理由は僕の芸術のテーマである「ミストランスレーション」による新しい価値観の創造のプロセスを具体的に可視化しているからなのです。虚ろいその物が作品化していて、それは日本芸術の自画像であると僕は思って来たからです。 加藤巍山さんは、仏師としてのフォーマットを理解して、なお、西欧的な彫刻の文脈を取り入れようとしている。つまり確固とした芸術感をお持ちな、三島由紀夫的な文脈の作家性とお見受けしています。 仏像の在り方における、加藤巍山さん的なる意図した軌道修正、と、現場での虚ろう形での誤読の芸術性を表現する前川秀樹さんとの方向性の違いに、僕は滅茶苦茶関心があるのです。 お二人の考え方の違いの、何に共感でき、何が相入れることができないのか、その辺をテーマにお話を聞いてみたいと思います。 ちなみに、年末にトークしていただいた、宮本我休さん @gakyu01 もお誘いしたら急遽京都から来ていただけるとの事。 仏師のプチサミット的な会合になりそうです。 お時間ある方は是非、カイカイキキギャラリーにお越しください。
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